1999-01-01から1年間の記事一覧

 空を飛ぶ男

チョコレート色の長いしっぽを持ったかまない犬が 首につけた鎖を鳴らして低くうなり続けている エメラルド色のビロードの毛皮のなかない猫が 死んだ飼い主を捜して汚れた路地裏をするりとすり抜けていく オパールの目をした耳の聞こえない鳥が じっと瞳を宙…

 動けない子ども

「あなた知ってる」 「動けない子どもでしょ」 その言葉に傷つかなかったわけじゃない 重い左腕を持ち上げて 金色の巻き毛の小さな頭を ふき飛ばしてやろうかと思った だけど僕は本当に誰の期待にも応えたくなかったので あいまいに笑って目を閉じた 遮断さ…

神様が君にくれたものをひけらかすのがはずかしいことなんてどうか思わないで

 フォーカス

まるで泥みたいだと思った 語尾のはっきりしない言葉 絶えずさまよう視線 だらしなくゆがんだ口元 きちんとしたかたちのあるものを何も持たない 君はまるで泥みたいな人間だった ただ右手の中指にはめた 白い花をモチーフにした指輪だけがきれいだった 僕は…

 try again

ゆうべ泣きながらみがいたつめが 残酷な朝の光にきらきらつやめいている はれた目元をつめたいタオルで冷やしながら 人が束になって流れる新宿駅の階段を 金曜一限のドイツ語のテキストの黄色い表紙を 思い出したらくらりとめまいがした タフで強情な日常 逆…

 dear Father

あなたはいつも僕の部屋のドアを開けて君は自由だと言う このドアは開いている 君はどこへ行ってもいい わかるだろう? 「君は自由なんだよ」 はれやかなあなたの笑顔を見るといつも僕は笑ってしまう 長いこと一緒に暮らしているけれど あなたに僕の気持ちが…

 プロポーズ

夏の日 おしろい花のタネをかみくだいて かけた呪いはまだ有効ですか 不完全なドラッグ 吐き出した君にキスした あの日の誓いはまだ有効ですか

 えいえん

さみしいのがいやなんだ だからそくばくしてほしいんだ きみのことがすきなんじゃない ただぼくはひとりでいるのがいやなんだ だからずっときみとふたりで しぬまでふたりで えいえんにふたりでいたいんだ

死にたいんならひとりで死んで。 道連れがほしいんなら神様に相談して。 あたしはあんたの人生に これっぽっちも関わる気なんかないのよ。

 長い夜

ひとりの夜が長いなんて嘘だね 年上の友人がぽつりと言った あのとき不思議な気持ちで げっそりと頬のこけた横顔を見た セーラー服の私に 彼女ははにかんで笑ってみせた 今私は胸の中で何度も 彼女と同じ台詞をくり返している ひとりの夜が長いなんて嘘だ 永…

 右利きの人間

あなたは恋をしたことがないと スーツ姿の若い男に言われる 知ったかぶりのみにくい笑みと 無粋な眼鏡と 恋なんて単語があまりに不釣り合いで 思わず笑ったら左頬を殴られた 右利きの人間は嫌いだった

 春の花/旅人

たったひとりで旅をしているのだと言った その人は私の言葉にうすい茶色の瞳を細めるだけで 肯定も否定もしなかった 「ああ、もし。よろしければひとつ教えてくださいますか。 この花の名はなんというんです?」 立ち去ろうとした私の背に 古ぼけた茶色い帽…

 the Answer

どうすればいいのとあなたはたずねる 何をすればいいのとあなたはたずねる どこに行けばいいのとあなたはたずねる 誰といればいいのとあなたはたずねる 私には答えられない どうか自分は幸せになれるのか訊いてください 私はあなたの目をまっすぐに見て なれ…

 極彩色のフェイク

あなたが自由とよぶもの あなたが親友とよぶひと あなたが真実と呼ぶこと 極彩色のフェイクですべてぬりつぶして

 うつくしく歪んだ世界

胃の中のものを全部 吐き出したい夜がある 口から内蔵が飛び出してもいい 吐いて吐いて ぎりぎり痛む内臓を押さえて 涙目で見上げる世界は 今よりは少し うつくしく歪んで見えるだろう

 涙の半分

心の底から困ってるって顔をして 泣きそうな声で 大好きな他人に 二つを一度に取ろうとするのは傲慢だって言う 「あきらめなさい」 「そしてうまくやりなさい」 いつか耳をふさいだフレーズを自分の口でくり返した 流した涙の半分は自分のためのものだった

 lost child

忘れなくてはいけないと僕の手を強く握って言った 世界の全てを両手でつかめた君がいた日常 不思議なことはひとつもなかった 全ては美しく調和して 君は花みたいに笑っていた さわれない現実がこの世にあるのだと気づいた夕方 僕の視界は途方もなく広がり 確…

 リアルな想像

覚悟とか勇気とか 少年漫画みたいな言葉を頻繁に使ってる自分に気づく 冬に咲くつくりもののばらは遠くなって リアルな想像が近くなる

 後悔

嘘をつくのが悪いことなんて 生まれてこのかた一度も思ったことがない だけど昨夜 真黒な窓に映って見えた にこりと笑った自分の顔が 大嫌いなあの女に死ぬほど似ていて 私は一瞬で 今までついた嘘の全てを後悔した

 絶望

一緒にいたいとその人は言った 信じてくれなくてもいい 僕はそのとき正直くらりとした 自分でも不思議に思うくらい やさしい気持ちになったんだ 僕はきっとあの手を取れば良かったんだろう だけどそうしなかった そうできなかった自分に 僕は深く深く絶望し…

 つめたい空白

誰のために泣くの? ここには誰もいない なんのために泣くの? 君には心がない さびしいって泣いてる君の中は空洞 からっぽの胸を つめたい空白がみたしてる

 やさしいことば

やさしいことばとやさしいうそと 同じものだと人は言います 私が今までについたつまらないうそのいくつかが やさしいうそになるのなら 人のもつやさしいことばを信じましょう

 コーヒー

さむいでしょうとその人は笑って あたたかいコーヒーをいれてくれた じんとしびれた指先にふれたその安物のコーヒーが なぜかとてもおいしかったので 生まれて初めて僕は 同情されるのもそんなに悪くはないと思った

 いやなうた

いいうたなのに とてもいいうたなのに いやだなって思うのはどうしてだろう どうして私は聞きたくないよって顔をしかめて そっぽを向いてるんだろう ねえ意味もなくけなしてどこがいいのかわからないなんて言ってごめんね 耳をふさぎたい理由はわかってるん…