春の花/旅人

たったひとりで旅をしているのだと言った
その人は私の言葉にうすい茶色の瞳を細めるだけで
肯定も否定もしなかった



「ああ、もし。よろしければひとつ教えてくださいますか。
この花の名はなんというんです?」



立ち去ろうとした私の背に
古ぼけた茶色い帽子を取って
その人はそう声をかけた
 


道端に小さな黄色い花が咲いていた
それは春に咲く花だった
私は子供の頃おぼえた計算の仕方を答えるように
その花の名を告げた



旅人は口の中でその名をくり返し
私に向かって丁寧に挨拶をすると
再び帽子をかぶりマントの裾をゆっくり揺らして
現れたのとは反対の方向に消えていった



その背をいつまでも見送っていた
さびしいのは私の方だとわかった