透明な小石

ごめんって言うのはあまりに勝手すぎる気がして
結局最後まで僕は君にそう言わなかった。



ありがとうって言うのはあまりに簡単すぎる気がして
結局最後まで僕は君にそう言わなかった。



だけど君と別れて
コートのポケットに両手をつっこんで
夜の池袋を駅に向かって歩いている途中
不意に君の小さな背中を思い出した。



さよならって僕は言った。
君は何も答えなかった。



ひとりよがりの喧噪を切り裂くように高くヒールの音を響かせて
地下鉄の階段をくだる君の姿を思い浮かべる。
ぐるりとまいたマフラーの隙間から入り込む冷たい夜の風が
首すじをひやりと刺して通り過ぎていく。



泣かない君の強がりを壊すはずだった幾つかの言葉は
僕の喉に落ちた消えない透明な小石になって
JRの改札を通り抜けた僕は君のすべてを忘れた。