春一番

死んだものの臭いがするね
強い春の風に顔をしかめて彼が言った
あいつ、今年は随分早くに行ってしまったんだな
ぽつりと呟いて、忌々しげに舌打ちをした
ああ、髪がめちゃめちゃだ
向かい風に逆らうように肘を突き出して
ばたばたとなびく髪の毛を押さえる
軽く巻いただけの青いマフラーの端が空を泳いで
まるで羽のようだ



春は嫌い?
訊いた私に、眉根をしかめたまま口元だけで笑う
嫌いじゃないよ。でも憎いね
彼らの所為で、あいつがまた泣くんだもの



あいつはねえ、本当はとても優しいんだよ
あんまりに優しいから、生温く腐って臭いを吐き始める色んなものを
そのまま放っておけないんだ
ひとつずつ抱きしめては凍り付かせてしまう
あれはあいつのプレゼントなんだよ
とても綺麗だろう?
優しく、優しくしてるんだ



春一番に吹かれながら過ぎていった季節の話をする
彼は笑いながら泣いているようだったけれど
冬にはあまり興味が無かった
目を細めて、私は春の空気を吸い込む
芯まで甘い、生きているものの臭いがする



私は凍り付きたくなんてないな
腐っていく方がいい
言った私に、彼は少し笑った
白いスニーカーの足元に視線を落として呟く
僕もそうだよ。だからあいつは優しくて、とても可哀想なやつなんだ



可哀想だとも思わなかった
私は無言で歩き続ける
隣を歩く彼の青いマフラーが
強い風に巻き上げられて飛んでいってしまえばいいと思っていた