Nくん

午後十時過ぎ
高田馬場駅
山手線のホームにつながる階段をのぼりながら
肌にまとわりつく六月特有の雨に悪態をついていたら
そんなにイヤかなあ。とNくんが言った



ほら、俺、ずっと運動してたからさ。
梅雨も夏も汗をかくのもキライじゃないんだ。



わたしの方を見ないで
階段のてっぺんを見ながら言った男の子に
わたしは心底びっくりした



似合わないスーツを着た
ふたつ年下の男の子
彼とわたしはなんて違うんだろう



毎年毎年砂を飲むような気持ちで迎えてる
大嫌いな季節


湿気
温度
それらすべてを受け入れて平然としてるなんて
(しかもそんなスーツまで着込んで!)



わたしは階段をのぼりながら
のぼった後も電車が来るまで
電車が来てもしばらく
D.Aのグラビアを見る熱心さで
Nくんの顔をじっと見た



まるで恋のはじまりみたいに



だけどその後
わたしたちの間に恋がうまれることはなくて
わたしとNくんは
今でもていねいに名字で呼び合ってる
たまに会えば軽口をたたく
その程度の関係だ



けれどわたしにとって
Nくんはまぎれもなく勇者だ
わたしの中の彼はいつもリクルートスーツを身にまとい
大嫌いな六月と夏と汗をひきつれて
平然とした顔をしている